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魂の思想

人は安心・安定のある生活を求めるものだ。
だったらなぜ登山家とか冒険家とか、スポーツ選手の生きざまに感動を覚えるのだろう。

なんで過酷な冬山に登らねばならぬのだろう。
ヒマラヤとかエベレストとか、そんな山に登らなくても
安定した職場を見つけて就職し、誰かと恋をし結婚し子どもを育てていく。
それが人間の理想じゃないのか。
スポーツ選手なんて高々30代、40代で現役が終わるだろう。
それ以降の人生を考えると不安にならぬのか。

そうだ。
人間は安心・安定を手に入れるために生きているのではない。
もちろん安心・安定は大切だ。
そんなことは誰でも分かっている。
大震災に遭遇した人はそのことを身を持って感じている。

それでも人間にはそれ以上に大切なものがあるのだ。
人間を人間たらしめているもの。それが安心・安定な生活ではない。

それは魂の声に聴き従っていく生き方だ。

我々の心や肉体がどんなに安心・安全な生活を求めていおうと、
魂の声が聞こえたら、そんなものを越えていく。
どんなに怖くても、どんなにつらくても、どんなに苦しくても
魂は肉体を越えて、そこに向かわせる。

「今やらなきゃ」
「俺は生きている証しを実感したい」
「血が騒ぐ」
「DNAがうずく」と。

普段、魂は心の奥底に眠っている。
その間、心は「楽しいこと」「嬉しいこと」「面白いこと」「気持ちがいいこと」を志向する。
それに順応して肉体もそっちに向かう。

しかし、何かのきっかけで、魂が顔を出す。
心は言う、「お前は誰だ?」
魂は言う、「お前の億千万の先祖の声だ」と。
「お前の先祖がやりたくてもできなかったこと」
「お前の先祖が志半ばで成し遂げられなかったこと」
「お前の本当の役割、使命を私はしっている」と。

魂の声を聴いて行動を起こすと、常識人とは思えなくなる。

それまで肉体は心と一緒にいたが、そのときから肉体は魂の側に付く。

魂と心がぶつかるとき、人生の悩みが生じる。
だから人は悩む。

そして一歩前に進む。

心の叫びと魂の叫びは違う。
心の叫びは自分の欲望の叫びだ。
魂の叫びは億千万の先祖の叫びだ。

「人生を生きた」と言える人生は魂の叫びの中にある。

最近、執行草舟さんの影響を受けている。