水谷もりひとブログ

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【今朝の朝礼】難しい本を読もう

自分が正しいと思うことを否定されるのはイヤなものです。
否定されたときはムッときます。
でも必ずといっていいほどあとになって「あぁそうだったのか」となる。
本当にありがたいことです。

人間は未熟です。
何歳になっても未熟です。
いろんなことを経験して、それなりに自分は考え方もしっかりしてきたし、自分には自分の世界が確立してきたと思っている人ほど自分が未熟であることを知りません。

だから耳の痛いことを言ってくれる人を遠ざけてはいけません。
嫌われると分っていても言ってくれる。そういう大人が必要です。


「つらい」「悲しい」「ムッとした」「頭にきた」「淋しい」
そういうマイナスの感情は、感じることそのものが大事なのです。
そういう人は心が深くなります。

そのときは意味が分からなくてもいつか分かる日が来ます。
分からないからと言って避けている人は5年後も10年後も20年後も成長していません。
分からなくても感じることが大事です。

「桜」を見ただけで、季節感とか情緒とか死生観といったものを一瞬で感じられる人になります。もっと分からない世界に触れましょう。

絵なんて分からなくても美術館に足を運び、その空気の中に自分の身を置くだけで価値があります。
そういう人の感性が磨かれていくのです。
分からないからといって美術館に一度も行ったことがない人は、感性が磨かれることはないでしょう
美術館に限りません。
分かっていようと分らなくても「文化」に触れることが大事なのです。

世の中には自分が知らない世界が砂浜の砂のようにあります。
自分が知っている世界なんてその中の一粒の砂にすぎません。
もっと学ばなければなりません。

そんな自分が読書をしないでいいはずがありません。

難しい本を読みましょう。
自分の趣味や好きな本ばかり読んでいる人は何も変わりません。
「おもしろかった」で終わりです。

難しい本を読むと、左の脳は「あ、分からないな」で終わります。
しかし右の脳は分かろうとしてずっと検索エンジンが動き続けます。
動き続ける中で磨かれているのが感性なんです。
感性の読書です。


分からないけど挑戦する。読書をするということは一つ上のランクの自分に向かって階段を一つ上ることなのです。
だから人が薦める本を読んでみることは自分も知らない自分を発見することでもあります。

注)太字は『読書のすすめ』の清水店長の言葉です。