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地獄は悪人を救うところ

ウィキペディアによると、閻魔大王というお方は「地獄、冥界の主」なのだそうだ。
「冥界の王として死者の生前の罪を裁く神」であり、「日本の仏教においては地蔵菩薩の化身とみなされている」とある。

最後の「地蔵菩薩の化身」とは驚いた。
あの恐ろしい顔の閻魔大王と地蔵菩薩が同一の神様というか、仏様というのだから。
どう見てもこの2人、同じお方とは思えない。

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閻魔大王は、「地獄にいて亡くなった人が生前に行った罪を裁く神様」であることは知っている。
だから罪深い人は地獄に落ちて針の山や火の山で永遠に苦しむのだというイメージがあった。

ではなぜ「地蔵菩薩の化身」なのか。

実はこういうことである。

大きな罪を犯した人は亡くなると地獄に落ちる。
そのままでは極楽に行けないから、「地獄」という、悪人ばかりが収容されているところでその罪を清算しなければならない。

荒療治である。

「収容される」というのも適切な表現ではない。
悪人たちは自分と同類の人たちがいるところを自ら選んで行くようだ。

さて、悪いところを治す、これが閻魔大王のお仕事。
つまり、悪人の悪いところを徹底的に治療して、最終的に極楽に送る。
一人でも地獄に残っているうちは自分は絶対極楽に行かないと決めている。
すべての人を救うという使命がある。
この慈悲深さが「菩薩の化身」といわれるゆえんである。

治療は大変だ。
針の山は、言ってみれば「鍼治療」で、
火の山は、言ってみれば「お灸」なのだそうだ。
血の池は、言ってみれば「地獄の温熱療法」である。

殺人犯が地獄に落ちるのかというと、そうでもない。
彼らのうち、生前に裁かれ、刑を受け、心から反省していたら地獄に落ちない。
地獄に落ちるのは悪いことをしていながら、反省することもなく、
法で裁かれることもなく、死んだ人たちである。

でも、大丈夫。そういう人は地獄に落ち、
そこで閻魔大王が救ってくれる。
ちょっと荒療治を受けねばならないが、
それで悔い改めたら極楽に行ける。

こういうことを昔の人は方便として考えた。
そして、悪いことをしないように、地獄に落ちる生き方をしないように戒めたのだ。

方便というのは、嘘なのだが、真実なのである。

天国とか極楽とか地獄なんていうのは、事実ではないかもしれないが
真実なのだろうと思う。

信じる者が救われるのだ。

はて、自分は地獄に落ちないと断言できるだろうか。
いっぱい嘘、ついてきたぞ。

(参考文献:境野勝悟著『方丈記・徒然草に学ぶ人間学』)