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普通ですけど、それが何か?

ある読者の方からこんなことを言われたことがあります。

「あんな素敵な社説を書く人なので、どんなにすごい人なのか、
水谷さんの講演会があったので行ったんです。そしたら普通の人でしたね」

これ、ちょっとショックでした。

確かに、講演をする人って、実際会ってみると、やっぱりすごい人が多いです。
中村文昭さんとか、鴨頭さんとか、中村信仁さんとか、大嶋さんとか、高野さんとか、白駒さんとか、皆さん、すごい過去を持ってます。
懇親会で近くに座ると、すごいオーラがガンガンきます。

「そういうのが僕にはないなぁ」とふと思いました。

振り返ってみると僕には強烈な特徴がないことに気づきました。
そう、僕はいつも普通だったのです。

極貧の子ども時代を過ごしたわけではありません。
大金持ちの家で育ったわけでもありません。
子どもの頃、とんでもない非常識な親に育てられたわけでもなし、
子どもの頃、海外で過ごしたこともありません。

学校でも成績が悪かったわけでもないし、
クラスで1番だったこともありません。
読書家で、何かの専門知識にずば抜けていることもありません。
不良グループに入って悪さをして補導されたとかないし、
飛び抜けて有能な才能があって注目されたわけでもありません。
スポーツで輝かしい成績を残したこともないし、
だからといってスポーツで活躍しなかったわけでもありません。

社会人になってもトップの営業実績を出したこともないし、
起業して莫大な借金を抱えて苦しんだこともないし、
かといって大成功して巨万の富を得たとか
株で儲けて豪遊した経験もありません。
生死をさまよう病気をしたこともないし、
フルマラソンを走るほどの体力はありません。

青年時代、バックパックでアジア各国を放浪したこともなし、
アルバイトですごい大人と出会ってもいません。

ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通に育てられ、
勉強も普通、スポーツも普通。
経済的な状況も普通。健康状態も普通。友達関係も普通。
何もかも普通。

だから自分自身に関する話は面白くとも何ともありません。
それで自分の話をすることもありません。
誰かが語った話や観た映画や読んだ本の話ばかりしています。

そんな僕が衝撃的な言葉に出会いました。

NHKの朝ドラ『スカーレット』を見ていたら、
「普通」が出てきて、とても勇気づけられたのです。

主人公の川原喜美子の息子・武志の職場の上司に「掛井さん」という人がいます。
彼は「信楽窯業研究所」の指導員です。
以前は武志が通う大学の先生をしていました。武志はこの先生が大好きで、
掛井先生が大学を辞めて「信楽窯業研究所」に移るというので、
掛井先生についてきて、ここに就職したのでした。

その掛井先生がやる気のない若者にこう言うんです。
「僕は、子どもの頃から何かがうまかったわけではない。
 絵がうまかったわけでも、文章が得意だったわけでもない。
 集中力も普通、想像力も普通、特別な才能も能力も何ひとつない。
 それでもこうやって陶芸の道に進むことができた。
 こうやって人に教えるまでの人間になれた。
 努力する方向さえ間違えへんかったらなりたいもんになれるで」
 
 武志は掛井先生の話を母・喜美子に言う。
 喜美子は「ええ先生やなぁ」と言う。
 武志も言う、「うん、ええ先生や。普通のええ先生や」

 普通であることにもほこりをもとうと思いました。
 努力する方向さえ間違えずに努力していれば、
 人生なんとかなる。