水谷もりひとブログ

水谷もりひとブログ

否定される生き方

最近、というか、随分前から否定されることが多くて、
それが一つの悩みの種でもあった。

ポジティブ思考、いわゆる肯定的に生きることを心掛けているのに、
周りの人から結構否定されているのである。

横田南嶺・執行草舟対談『風の彼方へ~禅と武士道の生き方』には
「否定的な生き方こそ禅の本質、武士道の真髄」とあり、
何か救われた感もあった。

「自己否定の連続によって、人は人の役に立てる人間になれる」とか
「一番尊い自分の命を否定してこそ命は輝き始める」とか
「周りの人があの人は不幸だ、かわいそうと思っていても、本人は幸せに満ちていたりする」とか。

禅の思想も武士道の思想も、世の中の条理とは裏腹であるからこそ、
時代を超えて多くの人の魂を救ってきたのではないかと思う。

執行草舟さんは「武士道はキリスト教に近い」という話をしていた。
武士道は野蛮なイメージがあり、
キリスト教は慈愛と許しのイメージがあるが、
武士道はかなり誤解されているし、
いやほとんど理解されていない。
一番尊い自分の命を、何かのために投げ出す。
これはキリスト教が「殉教」を
最もクオリティの高い生き方と評価するのと同じだ。

幸せを求めて生きるのは人情というものだろう。
しかし、一歩間違えるとそれはエゴになる。
安定、安心、健康を第一とする世の中である。
しかしそこには、感動も命の輝きもないのだ。

痩せ我慢とダンディズムに生きる。
不幸も理不尽も不合理も、受け止め、受け容れる。
否定される生き方を良しとする。

こんな面白い人生があるとは知らなかった。
今まで何を悩んでいたんだろうとつくづく思う。