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くるみの談話室 2667号(2016/10/10)
世界の国歌を歌う日本人

本紙代表 松田くるみ
世界の国歌を現地の言葉で歌う鶴澤美枝子さんと出会ったのは、9月初旬の午後でした。東京本郷の神社で聴いた国歌は、大樹が地から天に向かうかのような力強い「君が代」でした。

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 香川県在住の鶴澤さんは、長年ソプラノ歌手として活躍しています。

 幼い頃から両親に「祝日には日の丸を揚げて国歌を歌うんだよ」と聞かされて育ってきました。

 時が流れ、鶴澤さんの娘さんが学校に通うようになると、娘さんが「君が代」を歌えないことを知りました。また、「蛍の光」や「仰げば尊し」も学校で歌ったことがないことを知り、驚きました。

 「日本人の心にはお伊勢さんと金毘羅さんがある」と、学校で教わったことを思い出した彼女は、お伊勢さんに「君が代」を奉納しようと思いました。

 ところが、御神殿の前で歌っていると、警備の方から「やめてください」と言われたり、友人から「そんなことはしないほうがいい」と止められたことも多々あったそうです。

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 ある日、東北の護國神社で「君が代」を歌っていると、涙を流しながら聴いていた人がいました。そういう人たちに支えられながら歌い続けているうちに、理解者も広がりました。

 全国の護國神社で奉唱しながら、2年半で日本を3周し、「世界の国歌と日本の国歌を歌い、世界と日本をつなぐことが自分の使命だ」と悟った鶴澤さんは、すべての仕事をやめてしまいました。60歳の時のことでした。

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 最初に覚えた外国の国歌は台湾の「三民主義」でした。1年前の3月、台湾で歌う機会がありました。

 その日、偶然、日本の団体が台湾に日本のお神輿を奉納しに来ていました。クロフネカンパニーの中村文昭さんが率いる一行でした。

 鶴澤さんが「君が代」と「海ゆかば」を歌うと、その場にいた大勢の台湾の方々が涙を流したそうです。

 その後、ブラジルで歌ったときは、直立し涙する日系人の姿を見て、南米一周することを決意しました。ニューヨーク、ブラジル、インド、タイ、ミャンマーを1人で旅して、その国の国歌を歌ってきました。

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 その国の言葉で歌うためには、一日の大半を歌の練習に費やします。今は35か国の国歌を歌えるようになったそうです。

 鶴澤さんは一点の迷いもなく、「このために60歳までの自分があった」と言います。 私も、鶴澤さんの「君が代」を聞いて、「こんなにも力強い歌だったのか」と感動しました。今まで私はなんと弱々しく「君が代」を歌ってきたことかと思いました。

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(本紙代表/松田くるみ)

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